Instant GratificationとWebサイト表示速度
すり減っていく忍耐力
2016年12月8日
著者: 竹洞 陽一郎
この記事は、Webパフォーマンス Advent Calendarの12月8日分として執筆しています。
Instant Gratification
2016年12月7日放送のNHKラジオ講座「実践ビジネス英語」のビニェット(小話)「Slow Living」で、以下のような台詞が出てきました。
You know, I find I'm becoming more and more impatient these days. Waiting a couple of extra seconds for a page to load when I'm surfing the Web seems like an eternity.
(ところで、近ごろ私はますますせっかちになっているようです。ネットサーフィンをしている時に、ページを読み込むまで待つ2、3秒という余計な時間が、果てしなく長く感じられるのです。)
私は、大学一年生の頃から、この杉田敏先生の番組を聴き続けて、今年でもう29年目を迎えます。
「いやぁ、ついにWebの表示速度についてビニェットに出たのかぁ…」と驚きました。
- 買い物
- 映画の座席予約
- レストラン予約
- ホテル予約
- 映画やTVドラマなどの動画配信
- アトラクションの優先パス
様々なものが、待たずにすぐに手に入れられる事が当たり前になった世の中です。
米国でも、日本でも、即日配達のサービスが始まり、インターネットで商品を注文すれば、宅急便の配送状況を確認が可能です。
すぐに得られる満足を、英語でInstant Gratificationと呼ぶそうです。
私達は、即座に手に入れられる事が当たり前になってしまって、逆にすぐに手に入れられない事がストレスとして感じるようになりました。
私達の忍耐力は、どんどん小さくなっていく一方だと言うのです。
その結果として、Webサイトの読込時間数秒にイライラしてしますのです。
Amazon Dash Button
Instant Gratificationを実現する手段として、Amazonが日本にも投入したのが、Amazon Dash Buttonです。
いつも定期的に買う商品について、対応したボタンを購入して、その商品を家の中に置いておくところに、ボタンも設置します。
その商品を使い切った時に、ボタンを押せば、簡単に注文できるのです。
今まで、Amazonが打ち出してきた施策を振り返ってみると、その全てがInstant Gratificationに関係していることが分かります。
- Webサイトの高速化
- 配送センターへのロボット導入による配送手続きの高速化
- 即日配送
- アプリで商品のバーコードを見ると、商品検索できる
- アプリで商品をカメラで見ると、商品検索できる
- 電子書籍端末Kindleで、即座に買った本が読める
- 配送センターの分散化
- ドローンによる配送
これら全てが、「すぐに手に入れられる」事を達成するためです。
このように見てみると、Amazonが打ち出している施策は、この一点の追求において徹底している事が分かります。
Amazon IoT Button
Amazonは、このDash Buttonの仕組みを自由にプログラミングしてカスタマイズできるようにしたAmazon IoT Buttonも発売しています。
これを使う例としては、Amazonは、以下のものを挙げています。
- 車のロック解除や始動
- ガレージのオープン
- タクシーの配車
- 配偶者やカスタマサービスの代表者の呼び出し
- 家庭の日用品、薬品または製品の使用量のトラッキング
- 家電のリモートコントロール
私は、Amazon IoT Buttonによって、様々な小規模事業者向けの受発注業務が効率化できると考えています。
例えば、パン屋さんで、小麦粉やイースト菌などの原材料を取引業者に電話やメール、Webなどを使って発注し、伝票処理していたものが、Amazon IoT Buttonを使う事で、在庫が無くなりそうになったらボタンを押せば良いのです。
ボタンを押せば、受発注処理がAWS Lambda上に実装されたロジックで処理され、配送手続きが行われ、そして会計処理も自動で行われる…
このような仕組みを小麦粉の販売業者が実装すれば、パン屋さんは、受発注業務の手間が大幅に削減できて、その分、時間の余裕が持てたり、他の事に時間や労力を投入できます。
全てに「速さ」が求められる時代
ビニェットの中では、以下のように会話が続きます。
We're always checking them for emails, text messages, social media updates, and the latest sports scores or stockprices.
(私たちは、メールや携帯メール、ソーシャルメディアの新たな投稿、スポーツ競技の得点や株価の最新情報をスマホで絶えずチェックしていますからね。)
だからこそ、時間の使い方を改善するため、利用するSNSサービスを限定したり、ニュースレターを解約したり、スマーフォンアプリを削除して、意識してスローな生活を送るようにしましょう、という内容のビニェットです。
スローな生活を送るように意識するのは賛成です。
しかし、だからといって、現在実現されているInstant Gratificationが遅くなってしまうのは、皆さんも望まないでしょう。
いえ、それどころか、より一層、Instant Gratificationを求めるはずです。
高速であればあるほど、時間の余裕が持てると私達は信じています。
それが真実かどうかはわかりませんが。
そして、私達は、逆戻りするのが難しいようです。
ニコラス・G・カーの「ネット・バカ」という著書に、以下のように書いています。
脳の情報処理法が、インターネットの使用によって変化しているかもしれないと思いはじめたとき、わたしが感じたことがまさにこれだった。最初はこの考えに抵抗した。単なる道具であるコンピュータを操っているだけで、脳内に起こることが長期的かつ深刻に変化しうると考えるなど、ばかげたことのように思われた。だが、そんなふうに思うのは間違いだった。神経科学者が発見したとおり、脳は—および、脳が生み出す精神は—永遠に製作中の作品なのだ。それはわれわれ個々人だけでなく、われわれという種全体についても言えることである。
ニコラス・G・カーは、我々の脳は可塑性があり、使う道具や機器、媒体によって、それに最適化するように脳が変化していくという事を、最新の神経・脳科学の研究を元に説明しています。
その結果として、本を1冊読み切ることが難しい人が増えているとも指摘します。
ネットサーフィンと検索によって、必要な情報だけを拾い読みする事に脳が最適化されているからなのです。
私達は、自社のWebサイトを構築したり、更新するときに、デザインにこだわって作り上げます。
しかし実際のところは、私達は、ユーザとして、他のWebサイトを見るときに、読みやすさ以上のデザインを求めません。
デザインに凝っているサイトは、一瞬、目を惹きます。
しかし、私は読みやすければ良くて、逆にデザインに凝りすぎていて遅かったり、読みにくいサイトはイライラします。
それは、あなたも同じではないでしょうか?
ユーザの求めるInstant Gratificationを満たす事の出来ない、表示速度が遅い、操作性が悪い、読み辛いWebサイトは、今後、増々、市場競争の中で生き残るのは難しいでしょう。