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量子アニーリング方式D-Waveの心臓部

量子コンピュータが拓く世界

2017年3月15日
著者: 竹洞 陽一郎

2017年3月13日に開催された、株式会社KADOKAWAが運営するMITテクノロジーレビューMITTR Emerging Technology Conference #2に参加してきました。

今回のテーマは、「量子コンピューターは社会をどこまで変えるのか」。
カナダの量子コンピュータ会社D-Waveが採用した、「量子アニーリング方式(量子焼きなまし法)」を提唱された東京工業大学教授の西森秀稔先生が講演されました。

非常に刺激的で、面白い講演でした。

量子コンピュータとは

量子コンピュータは、物理学者のファインマンが提唱しました。

その彼が指摘したのは、世の中のすべてのものは量子力学に従って動いているのだから、量子力学の原理をうまく使って動くコンピュータを作れば、いろいろなシミュレーションが効率よくできるはずだ、ということである。

—「量子コンピュータが人工知能を加速する」(日経BP社刊) 45ページ「ファインマンの構想」

ここでは、量子コンピュータの仕組みや、その原理を説明するつもりはありません。
「量子コンピュータを分かったつもりでいるうちは、量子コンピュータを理解していない」そうです。
私としても、「量子コンピュータとは何ぞや」と語るなどと、大それたことをするつもりはないです。

ご興味のある方は、一般の方向けに、西森先生と、大関先生が数式を一切使わずに、分かりやすく書かれた「量子コンピュータが人工知能を加速する」(日経BP社刊) を読んでみて下さい。

量子コンピュータ実装の二つのアプローチ

量子コンピュータの実装には、二つのアプローチがあり、一つが量子ゲート方式、もう一つが量子アニーリング方式です。
量子ゲート方式は、現在、我々が使っているコンピュータの上位版と言える存在で、汎用的な計算に使えるものです。
量子アニーリング方式は、特定の問題を計算する事を得意としています。それは、組み合わせ最適化問題です。

量子ゲート方式は、現状、扱えるQビット(量子ビット)は10Qビット程度だそうです。
これは非常に作るのが難しいという、西森先生のお話でした。

量子アニーリング方式は、カナダのD-Waveが2000年ぐらいから開発を進めており、現在は、2000Qビットまで達しているそうです。
2000Qビットという事は、2^2000の状態(可能性)を計算できるという事です。

2015年12月8日に、NASA、USRA(大学宇宙研究連合)、Googleが共同で、「D-Waveの量子コンピュータは、従来のコンピュータに比べて1億倍高速だ」という発表をしました。
組み合わせ最適化問題においては、とてつもないパワーを発揮するのです。

量子コンピュータが注目される理由

何故、今、量子コンピュータが注目されているのか。
それは、ムーアの法則の限界が近づいている事と、消費電力の問題、機械学習の盛り上がりがあります。

ムーアの法則の限界

ムーアの法則とは、インテル創業者の一人であるゴードン・ムーアが、1965年の自らの論文上で提唱した「半導体の集積率は18ヶ月で2倍になる」という半導体業界の経験則です。

例えば、インテルのi7のプロセスルールを見てみましょう。

インテル i7プロセッサのプロセスルールの変遷
世代プロセスルール発売日
Nehalem45nm2009年9月8日
Sandy Bridge32nm2011年1月9日
Ivy Bridge22nm2012年4月29日
Haswell22nm2013年6月2日
Broadwell14nm2015年5月18日
Skylake14nm2015年8月5日
Kaby Lake14nm2017年1月6日

1nmは、10億分の1mです。
ウィルスが100nm、分子の大きいものが10nm、原子は0.1nmです。

今後、プロセスルールは、10nm、7nmまで微細化していく事が期待されていますが、技術的な問題より、収益の問題で難しいと言われています。
新しいプロセスルールの工場を建設するには、1兆円の投資が必要となります。
しかし、PCは以前ほど数が売れなくなってしまったので、1兆円の投資をして、より微細化したプロセスルールでCPUを製造しても、投資した金額分の利益を回収するのが難しいのです。

また、プロセスルールが細くなればなるほど、量子力学の法則が支配する世界となります。
量子力学の法則の支配する世界には、トンネル効果というものがあります。
古典力学的には乗り越えられないはずのポテンシャル障壁を、粒子があたかも障壁にあいたトンネルを抜けたかのように通過する量子力学的現象です。

プロセスルールが5nmぐらいになると、このトンネル効果によって、電子が配線の外に出てしまい、回路が成立しなくなってしまうのです。

量子アニーリング方式の量子コンピュータD-Waveは、微細化技術を用いるものの、逆に量子力学のトンネル効果を利用し、計算をします。

消費電力の問題

現在の大規模演算処理システムといえば、スーパーコンピューターです。
例えば、日本の理化学研究所に設置されているスーパーコンピューター「京」は、1秒あたり1京回の浮動小数点演算を行う事が出来ます。
しかし、その消費電力は膨大で、1日の電気代は600万円掛かるそうです。

ポスト京のスーパーコンピューターは、京の5倍以上の消費電力量と目されており、1日あたり3,000万円の電気代が掛かる計算になります。
専用の原子力発電が必要とも言われているそうです。

スーパーコンピューターに限らず、現在、最も電気を使っているのは、IT・携帯電話などの情報通信分野だそうです。
グリーンピースの"Who's using our electricity?"によると、2007年の時点で、クラウドの消費電力はインドの総電力消費量より大きい事が示されています。

Timesの記事"The Surprisingly Large Energy Footprint of the Digital Economy"によると、既に世界のITCシステムの消費電力は、1500テラワット/時間に達しするそうです。
これは、世界の総発電量の10%に相当し、日本とドイツの総発電量を合わせたものより大きいそうです。
また、航空産業が使う総エネルギー量の1.5倍以上になるそうです。

量子コンピュータのD-Waveの場合は、3m四方の巨大な箱ですが、実際は中身はがらんどうです。
25KWぐらいしか電力を使いません。
その電力は、計算を行うチップを絶対零度に近づけて冷却し、超電導状態にするためです。

D-Waveの中身

超電導状態になったチップの多数の微細なループ回路は、時計回りにも、反時計回りにも、どちらの方向にも電気が流れる状態となります。
そして、超電導状態なので、電力を消費せずに、電気が流れます。
それぞれのループ回路の状態、つまり、時計回りにも、反時計回りにも電力が流れている状態が、量子ビットの「0」と「1」が重ね合わさった状態となり、Qビットを表現するのです。

D-Waveの量子プロセッサ内のニオブ製リング

消費電力が計算量の増大に比例する現在のCPUと異なり、量子アニーリング方式は、絶対零度に冷やす必要電力がQビット数に左右されないので、環境負荷が低いシステムと言えます。

機械学習の盛り上がり

西森先生は、D-Waveは、機械学習の盛り上がりの時機を丁度得たのが幸運だと仰っていました。

コンピュータは、解くべき問題と、解くやり方が伴わないと、宝の持ち腐れになってしまいます。
解くべき問題があるからこそ、解き方を考えるというのは、最先端の世界での話です。
実際のビジネスでの適用については、解き方があるからこそ、適用できる問題を探してみるというアプローチが多いと思います。

それでは、どのように量子アニーリング方式を機械学習にの量子コンピュータで組み合わせ最適化問題の計算を行うというのでしょうか?

これまでは、組み合わせ最適化問題を解くために、量子ビット間の相互作用を設定し、横磁場をかけて計算していた。
つまり、相互作用はあらかじめわかっていて、最適化問題の解が知りたかった。
ところが機械学習では逆で、解はわかっていて、その解を導き出す相互作用を知りたいというわけだ。
相互作用が決まれば、学習に使った例題だけでなく、学習時にはなかった新たな入力データに対しても正しい出力、すなわち正しい判断ができるようになる。
これが機械学習により獲得した、いわば「知性」だ。
これを利用してさまざまなタスクに対応できる人工知能を作ろうというわけだ。

—「量子コンピュータが人工知能を加速する」(日経BP社刊) 94ページ「最適化問題の解き方と人工知能への応用」

この量子アニーリング方式での機械学習が従来のコンピュータよりも誤りが少ないとなれば、皆さんも興味が湧くでしょう。
"Deploying a quantum annealing processor to detect tree cover in aerial imagery of California"という論文では、 量子アニーリング方式の量子コンピュータを学習させて、カルフォルニアの衛星写真を分析して、どれが木であるかの判別をしたところ、90%の正確性だったという結果が出ています。
これは非常に高い正確性です。

カルフォルニアの衛星写真を分析して、どれが木かを量子コンピュータで判別

デジタル時代の競争

西森先生は、量子コンピュータの応用される分野、期待される成果について話された後、以下の文章を引き合いに出されました。
"Commercialize quantum technologies in five years"(「量子技術が5年以内に商用化」)というNatureの記事の中の文章です。

A new technology can improve business in three ways: by increasing revenue, reducing costs or lowering investments in infrastructure.
In the digital era, introducing a new technology has an exponential impact:
even a 1% gain in product quality can help a company to achieve overwhelming growth in terms of user numbers or revenue.
This is the 'superstar effect', which assumes close competition, transparency and an efficient market.

新しい技術は、収益を伸ばす、コストを削減する、インフラへの投資を下げる、という3つのやり方でビジネスを改善する。
デジタル時代においては、新しい技術の導入は指数関数的なインパクトを齎す。
たとえ、1%の製品品質向上であっても、企業が、ユーザ数や収益において、圧倒的な成長を成し遂げる助けとなる。
これは互角の競争、透過性、効率的市場に取って代わる「スーパースター効果」である。

西森先生が仰られたのは、
「デジタル時代においては、たった1%の品質の優位性で、"Winner takes all"で、総取りをする勝者になれる。
従って、量子コンピュータが使える・使えないという議論は無意味で、1%でも改善を齎すのであれば、使わない手はない。
それは分野によっては、大きな違いを生み出す。」
という事でした。

そう言われてみると、確かに、僅差の性能や品質の差が、市場競争において、大きな差を生み出している例が周囲にかなりあります。
D-Waveの量子アニーリング方式のコンピュータは、1台15億円、リースすると1年1億円ぐらいするそうです。
大企業でもない限り、量子コンピュータを今すぐ使えるわけではありませんが、1%でも製品品質の向上を心掛けるというのは、今すぐにでも肝に銘じた方が良いみたいです。