民法債権法改正に伴うWebサイト制作・開発の契約のポイント
求められる「品質の明文化」
2017年6月27日
著者: 横浜ステーション法律事務所 代表弁護士
紺野 晃男
今回は、Spelldataの顧問弁護士で、横浜ステーション法律事務所の代表弁護士である紺野晃男先生に、今回の民法改正がWebサイトの制作の請負や、Webサービス提供に関してどのような影響があるのか、専門家の立場から解説の記事を書いて頂きました。
民法(債権法)の改正について
平成29年5月26日、民法の債権法(債権関係)について改正法(以下「改正民法」)が国会で成立し、同年6月2日に公布されました。
改正民法は、一部の規定を除き、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日に施行されるということですから、遅くとも3年以内には施行されることになります。
改正民法は、契約関係等について重要な改正を内容としており、契約締結といったビジネス実務の場面に種々の影響を及ぼすことが考えられます。
ここでは、改正内容を整理した上で、具体的にはWebサイト制作・開発の契約に関し、改正民法の影響ないしポイントを指摘しておきたいと思います。
改正内容(担保責任を中心として)
契約に関する最大の改正内容は、売買契約・請負契約等における担保責任の全面改正にあり、その中でも、現行民法が定める瑕疵担保責任の全面改正は、ビジネス実務上特に重要といえます。
まずは、この瑕疵担保責任の全面改正について整理をしておくこととします。
瑕疵担保責任から契約内容不適合責任へ
現行民法では、次のとおり瑕疵担保責任が定められています。
- 現行民法第570条
- 売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは…(略)
- 現行民法第634条1項
- 仕事の目的物に瑕疵があるときは…(略)
瑕疵担保責任とは、契約の目的物に瑕疵があった場合に、売主や請負人等が、買主や注文者等に対して責任を負うというものになります。
そして、「瑕疵」とは、契約において予定されていた性質を欠いていること等を指すとされています。
これに対し、改正民法では、「瑕疵」という文言に代わり、契約内容不適合責任に変更となりました。
具体的には次のとおりです。
- 改正民法第562条1項
- 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは…(略)
- 改正民法第566条
- 売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において…(略)
- 改正民法第636条
- 請負人が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物を注文者に引き渡したときは…(略)
つまり、「瑕疵」に代わり、契約の目的物が種類や品質に関して契約の内容に適合しない場合に、売主や請負人等が、買主や注文者等に対して責任を負うということに変更されたわけです。
契約内容不適合と瑕疵との関係
それでは、現行民法の瑕疵担保責任と改正民法の契約内容不適合責任とは、どのような関係にあり、違いはあるのでしょうか。
この点を理解する上で、改正民法の検討経過の議論である、法務省「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」が参考となります。
(以下「中間試案」)
中間試案では、次のとおりの補足説明が示されています。
- 民法第570条の「瑕疵」という文言に代えて、「瑕疵」に関する解釈の蓄積及び裁判実務における取扱いを踏まえ、「売主が買主に引き渡すべき目的物は、種類、品質及び数量に関して、当該売買契約の趣旨に適合するものでなければならない」として、売主の責任の成否は、目的物の品質等につき契約の趣旨に適合しているか否かによって決せられることを直截に表現するものである。
- 民法第570条にいう「瑕疵」の有無の判断は、より具体的には、目的物が本来備えるべき品質等を確定した上で、その「備えるべき品質等」との対比において、実際の目的物が当該「備えるべき品質等」を有しているかどうかの評価であると考えられる。したがって、瑕疵の意義を条文上明記するのに際しては、「備えるべき性状等」を確定する際に何を基準に求めるかを整理した上で、それを条文においてどのように表現するかを検討する必要がある。
- 瑕疵の存否は、結局、契約の趣旨を踏まえて目的物が有するべき品質、性状等を確定した上で、引き渡された目的物が当該あるべき品質等に適合しているか否かの判断である。
つまり、瑕疵があるかどうかは、契約の内容を踏まえ備えるべき数量や品質に適合しているかにより判断されるのであり、その瑕疵の判断基準を明確化すべく、改正民法の文言に変更されたというわけです。
(なお、より正確に指摘をしておけば、中間試案の「契約の趣旨」という文言から、改正民法は「契約の内容」という文言に変更となっています)
判例においても、瑕疵の存否については、取引観念等を考慮して契約において予定されていた品質や性能を欠いていたといえるかという基準により判断されていることが多く(最判平成22年6月2日等参照)、以上の法務省の補足説明は、こうした裁判実務等に沿ったものといえます。
以上からすれば、改正民法の契約内容不適合責任(担保責任)は現行民法の瑕疵担保責任を明確化したものといえ、両責任の内容に根本的な違いはないものと考えられます。
もっとも、ビジネス実務的には改正民法の影響が相当程度生じるのではないかと思います。
上記のとおり、これまで判例等では、瑕疵の内容として、性質、品質、性能または性状等の様々な表現がなされていたのですが、改正民法により、「品質」に関して契約内容に適合しない場合には責任が生じるということが条文に明記されました。
改正民法の定める「品質」が何であるかの解釈論は今後議論され得るものだと思いますが、「品質」が契約内容に適合しなければ法的責任が生じるわけですから、契約を締結するにあたり、何が契約内容に適合した「品質」であるかを特定しておく必要があるわけです。
この「品質」を曖昧にしたままの契約を締結するということでは、不測の法的責任が生じ、トラブルとなることが予想されます。
Webサイト制作・開発の契約に関して
以上の改正内容及びその影響を踏まえ、Webサイト制作・開発の契約に関して指摘をしておきたいと思います。
請負でWebサイトを開発・制作する場合
契約内容不適合責任(担保責任)
まず、請負でWebサイトを開発・製作する場合ですが、この場合は請負契約ということになるところ、改正民法の契約内容不適合責任(担保責任)の規定は、売買契約以外の有償契約について準用されますので(改正民法第559条)、請負契約についても契約内容不適合責任の規定が準用されます。
問題は、上記のとおり、Webサイト制作・開発の契約において「品質」とは何であるかという点です。
何が契約内容に適合した品質であるかについては、合意の内容、契約書の記載内容、契約の性質、契約をした目的、契約締結に至る経緯及び取引観念等を総合考慮して判断することになるわけですが、やはり契約書にどのような定めがなされているかは客観的事情として重要な判断事情となります。
したがって、注文者側としては、仕様等について契約書に明確な定めをしておくことが求められます。
他方、請け負う業者側も、仕様等を契約書に明確に定めていないからといって責任を免れられるわけではなく、むしろ、不測の責任を被り得るという法的リスクが考えられます。
品質は取引観念等から判断されるため、仕様等について契約書に明確な定めがないとしても、請負業者側が認識していたレベルよりも高い基準の仕様等が「品質」として認められ、その「品質」に達しないWebサイトの制作・開発では契約を履行したことにはならないと判断される可能性があるわけです。
この場合、請負業者側は、「品質」に達するように製作・開発したWebサイトを無償で修補する義務や、「品質」に達するWebサイトを代替として納品する義務を負い、場合によっては、代金減額や契約解除・損害賠償を請求されることになります。
「品質」の具体的内容はWebサイト制作・開発における取引観念等により変化するものと思いますが、Webページの表示速度についても一定の水準が「品質」として要求されることも考えられますので(本ブログ2016年10月6日付記事参照)、Webサイト制作・開発の契約においてはこの点について十分に留意が必要です。
その他
他にも、契約締結にあたっては、契約内容不適合責任の効果が改正民法においてどのように定められているかを踏まえ、改正民法の定めよりも注文者に有利な契約内容となっているか、請負業者側に有利な契約内容となっているかを確認しておく必要があります。
契約内容不適合責任の効果について改正民法は、1.履行追完請求、2.報酬減額請求、3.損害賠償請求、4.解除の4つを定めています。
履行追完請求は、目的物(制作・開発したWebサイト)の修補や代替物の引渡等の請求をすることができるというものになります。
ただし、注文者に不相当な負担を課すものでないときは、請負人は、注文者が請求した方法と異なる方法による履行の追完ができるとされました。
報酬減額請求は、現行民法には定めがなく、改正民法において明文化されたものになります。
1から4については、注文者の供した材料の性質または注文者の与えた指図によって不適合が生じた場合は請求することはできません。
また、注文者は、不適合を知った時から1年以内にその旨を請負人に通知しなければ、1から4の請求をすることができなくなるとされました。
この期間制限は、現行民法よりも注文者に有利に(請負人に不利に)改正されたものになります。
ただし、請負人が目的物の引渡しまたは仕事の終了時に不適合を知りまたは重過失により知らなかったときは、このような期間制限はありません。
他方、以上の契約内容不適合責任については、当該責任を排除する特約をすることができます。
ただし、請負人が知りながら告げなかった事実等については、排除特約のある場合でも請負人は責任を免れることはできません。
自社開発したWebサービスを販売する場合(売買契約)
契約内容不適合責任(担保責任)
次に、自社開発したWebサービスを販売する場合ですが、この場合は売買契約ということになるところ、改正民法の契約内容不適合責任(担保責任)の規定は売買契約に適用されます。
そして、この場合も、販売するWebサービスの「品質」が何であるかが問題となり、上記の請負でWebサイトを開発・制作する場合と同様の指摘が妥当することになります。
このため、買主は勿論のこと、販売業者にとっても、販売するWebサービスの「品質」を売買契約書で明確に定めておく必要があります。
「品質」の具体的内容は取引観念等により変化するものであり、販売するWebサービスのサイトの表示速度について一定の水準が「品質」として要求され得るという点についても同様となります。
その他
契約内容不適合責任の効果について改正民法が、1.履行追完請求、2.代金減額請求、3.損害賠償請求、4.解除の4つを定めていることは同様です。
履行追完請求及び代金減額請求については、現行民法に明文の定めはなかったところ、改正民法において明文化されました。
また、買主は不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しなければ、1から4の請求をすることができなくなるという期間制限も同様です。
この点について、商人間の売買においては、商法の定めにより、買主に検査義務が課されており、直ちに発見できない瑕疵についても6か月以内に発見できない瑕疵については担保責任を追及することができません。
上記のとおり、改正民法の契約内容不適合責任と現行民法の瑕疵担保責任とは根本的に違いはありませんので、商人間の売買については、改正民法の定めにかかわらず、売主に対する担保責任の追及は商法の定めにより制限されることになります。
なお、改正民法が定める期間制限は、あくまで「知った時から」1年以内に通知をせよというものであり、「知り得た時から」ではありませんので、商法が定めるような検査義務を買主に課すものではありません。
契約内容不適合責任の排除特約についても上記と同様です。
結び
簡潔ではありますが、改正民法の内容を整理し、Webサイト制作・開発の契約における改正民法の影響ないしポイントを指摘してみました。
Webサイト制作・開発などのビジネス実務において参考となれば幸いです。
執筆者プロフィール
弁護士 紺野 晃男
東京大学法学部卒業
東京大学法科大学院修了
横浜ステーション法律事務所 代表弁護士
所属団体
- 経営法曹会議
- (公財)横浜企業経営支援財団 横浜ビジネスエキスパート
- 横浜市経営診断事業における外部専門家
- 神奈川県弁護士会業務改革委員会